意外と知られていない?節分の歴史

意外と知られていない?節分の歴史

2月の行事といえば、節分を思い浮かべる人も多いはず。

ですが、そんな節分が元々どういった行事だったのか、また、昔と今での違いなど、意外と知られていないのではないでしょうか。

節分にはどんな歴史があるのでしょう。

節分の起源「追儺(ついな)」

節分は、中国から伝わり、平安時代に行われていた「追儺」という行事が起源とされています。

追儺は大晦日に宮中で行われ、邪悪なもの、疫病などの象徴とされていた鬼を払うための行事でした。

ただ現代のように豆まきで鬼を追い払うのではなく、桃と葦で作られた弓矢を持った人がそれを使って鬼を追い出す役目をしていたようです。

桃と鬼、というと、「桃太郎」を連想させられますね。

余談ですが、桃には古くから邪気を追い払う力があるとされていました。だから「桃」太郎なのだ、という説もあるほどなのです。

この追儺が次第に変化し、室町時代ごろには現代で知られる豆まきによって鬼を追い払うようになった、とされています。

昔の節分、今の節分

節分

地域差はありますが、基本的に「鬼は外、福は内」という掛け声に合わせて鬼役に向かって豆をまくというスタイルは昔から変わっていません。

ただ最近では、一家の大黒柱である世のお父さん方が主に鬼役を務め、子供達が豆まき役を務めるのに対し、昔は年男や家の長、つまりお父さんが代表となって豆まき役を務めるのが主流だったようです。

昔は豆だけではなく、米や麦が使われていたこともあるとか。米となると、なんだか勿体無いような気もしますね。

元々は宮中行事だった追儺が節分へと変化し、今ではスーパーなどでも鬼のお面とセットになって豆が売られていることから、一市民でも手軽に節分を楽しめるようになりました。

また、大きく変わったことといえば、「恵方巻き」の存在。

恵方巻

恵方巻きの起源はハッキリとはしていませんが、恵方巻きの存在は2000年代に入ってから急速に広まりました。

これは、セブンイレブンが「大阪では、節分に太巻きを食べるという習わしがある」と言って広めたのがきっかけとなっています。

今では節分の時期になると、どこのスーパーやコンビニでも並ぶ定番商品になりましたよね。

まとめ

いかがでしたか?

追儺という行事はなかなか知られていなかったのではないでしょうか。

しかも、室町時代にはもう現代と同じ豆まきが行われていたなんて、驚きです。

節分は寺社で行われる大きなものも一体感を得られて楽しいですが、家族内でワイワイ楽しむのもいいですし、人によって色々な楽しみ方ができる、堅苦しくない行事だからこそ現代まで変わらず残ったのではないかな、と思います。

恵方巻きという新しい文化も広まりましたし、これからも節分には、小さな変化を見せながらも長く続いていく行事になってほしいです。